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エリアマーケティングラボ
2025年10月6日号(Vol.183)
現代の小売業界は、競争の激化、消費者ニーズの多様化、デジタル化という大きな環境変化に直面しています 。もはや「担当者の勘や経験」に頼る店舗運営では持続的な成長は見込めず、データに基づいた客観的な意思決定を可能にする「マーケティング」の導入が不可欠です。小売業のマーケティングとは、単発の販促ではなく、顧客ニーズを正確に分析し、商品・サービスを計画・提供し、その効果を測定・改善する「商品が売れる仕組み」を構築する継続的なサイクルを指します。
本コラムでは、小売マーケティングの中核活動から最新トレンド、デジタル時代の具体戦略までを、当社のエリアマーケティングソリューションを交えながら解説します。
現代の消費者のライフスタイルや消費行動は、社会情勢やテクノロジーの進化と密接に連動し、大きく変化しています。この変化を理解することは、効果的なマーケティング戦略を構築する上での第一歩です。ここでは、特に注目すべき4つのメガトレンドを解説します。
小売業のビジネスの成否は、その「立地」に大きく左右されます。業界で「立地7割」といわれるように、出店場所の選定は極めて重要です。一度出店後に立地の問題を他の施策で覆すのは難しいため、出店前の緻密な調査が不可欠となります。この調査の核となるのが「商圏分析」です。商圏とは、自店が集客を見込める地理的な範囲を指し、その特性を多角的に分析することが成功の鍵を握ります。具体的には、以下のデータを収集・分析する必要があります。
• 人口統計データ:
エリア内の年齢構成、世帯構成、性別、所得水準など、どのような人々が住んでいるのかを把握します。
• 昼間人口・夜間人口:
居住者(夜間人口)だけでなく、通勤・通学者(昼間人口)の動態を把握、平日と休日、時間帯による客層の変化を予測します。
• 競合店の状況:
周辺にどのような競合店が存在し、どの程度の顧客を吸引しているかを分析します。
• 交通網や人の流れ:
主要な道路や駅の乗降客数データから、人々の移動パターンを把握します。
従来、これらの調査は現地に足を運ぶ実地調査などに頼ることが多く、多大な時間とコストがかかる上に、得られる情報も断片的でした。
このような課題を解決するのが、当社の「商圏レポートAI」です。このAI搭載ツールは、指定した地点の商圏データを自動で収集・分析し、わずか数分で詳細なレポートを作成します。人口動態や年収、消費支出といった多角的なデータから、出店候補地のポテンシャルを客観的かつ迅速に評価することが可能です。これにより、新規出店に伴う莫大な投資リスクを最小限に抑え、データに基づいた確かな意思決定を支援します。
商圏を理解した次に重要になるのが、そのエリアにいる「顧客」を深く理解することです。ここで多くの企業が陥りがちなのが、「ターゲット」と「ペルソナ」の混同です。
ターゲット:
「30代男性」「ファミリー層」といった、属性で区切られた顧客の”集団”を指します。マーケティングの第一歩ですが、具体的な顔やライフスタイルは見えません。
ペルソナ:
ターゲット層を代表する、まるで実在するかのような具体的な”個人像”です。年齢、職業、家族構成といった基本情報に加え、趣味、価値観、悩み、情報収集の方法までを詳細に設定します。
精緻な商圏調査とペルソナ分析によって「どこで」「誰に」売るかが明確になった上で、以下のような具体的な活動が展開されます。
• マーチャンダイジング(MD):
ペルソナのニーズやライフスタイルに合わせて、どのような商品を、いくらで、どれくらいの量仕入れるかを決定する商品化計画です。データに基づいたペルソナがあれば、「この商圏のファミリー層には大容量パックが響くはずだ」といった仮説を立て、品揃えを最適化できます。
• インストアプロモーション:
店舗内のレイアウトや陳列、POP広告、実演販売などを通じて、顧客の購買意欲を刺激する活動です。ペルソナの行動を予測し、「時間のない通勤客向けにレジ横に関連商品を置く」など、購買単価を上げるための効果的な仕掛けを施します。
• リレーションシップマーケティング:
ポイントカードやアプリ、DMなどを通じて顧客と継続的な関係を築き、リピート購入を促す手法です。顧客との良好な関係は、安定した売上の基盤となります。
小売マーケティングという文脈において、ここまでご紹介した活動は、基本且つ永遠の課題になっています。持続的な成長を遂げるにに新たなマーケティングの観点、分析のトレンドが生まれています。ここからはさらに現状のトレンドを踏まえて、小売マーケティングを深堀りしていきます。
※本パートで紹介する企業のマーケティング事例はインターネット等の公開情報から当社調べで独自に作成したものです。
マスマーケティングの時代は終わりを告げ、顧客一人ひとりのニーズや価値観に寄り添う「パーソナライゼーション」が、マーケティング戦略の中核となりつつあります。この潮流を加速させているのが、AIをはじめとする最新テクノロジーの進化です。
AIの最大の強みは、人間では処理しきれない膨大なデータから、個人の嗜好や次の購買行動を高い精度で予測できる点にあります。例えば、コンビニ大手のローソンでは、AI技術を活用して顧客ごとの最適商品提案システムを導入し、顧客満足度を大幅に向上させました。これは、性別や年代といった大枠の属性だけでなく、個々の購買履歴や来店頻度といったデータをAI解析することで、よりパーソナルな提案を可能にした好例です。
ECの巨人であるAmazonは、この分野の先駆者です。その強力なレコメンドエンジンは、ユーザーの閲覧履歴や購買行動をリアルタイムで分析し、「あなたへのおすすめ」として表示します。この仕組みは、顧客自身も気づいていなかった潜在的な需要を掘り起こし、結果的に顧客エンゲージメントと売上を向上させています。
成功している小売業者の共通点は、意思決定の根拠を「勘や経験」ではなく「データ」に置く「データドリブン」な組織体制を構築していることです。特に小売業は、日々の営業活動を通じて膨大なデータを生成しており、これらを活用しない手はありません。
データドリブンマーケティングの基礎となるのが、POSデータです。いつ、どこで、何が、いくつ売れたかという基本的な情報に加え、会員情報と紐づいたID-POSデータを分析することで、「誰が」購入したかまでを把握できます。これにより、例えば「特定の地域に住む30代女性は、平日の午後にこの商品を購入する傾向がある」といった具体的な顧客行動パターンが明らかになります。
こうしたPOSデータや顧客データの価値を最大化するのが、GIS(地図情報システム)を活用したエリアマーケティングです。
弊社が提供する「MarketAnalyzer® 5」や、「KDDI Location Analyzer」といったGISソフトは、地図上に人口統計や年収、ライフスタイル、人流といった様々なデータを重ね合わせることで、商圏の特性を直感的に可視化します。これにより、チラシやポスティングといった販促活動のエリアを最適化したり、新規店舗開発の際のポテンシャルを正確に予測したりすることが可能になります。
ECサイトとの競争が激化する中で、実店舗(リアル店舗)の存在意義が改めて問われています。単に商品を販売するだけの場所から、そこでしか得られない特別な体験価値(CX)を提供する空間へと進化させることが、集客力向上の生命線です。
優れた顧客体験は、効率的な店舗運営、すなわちストアオペレーションの上に成り立ちます。在庫管理、発注、従業員のシフト管理といったバックヤード業務をデジタルツールで効率化・自動化することで、スタッフは接客という最も重要な業務に集中できます。例えば、AIカメラを導入して店内の混雑状況や顧客動線を分析し、最適な人員配置を行うことで、レジ待ちの時間を削減するといった取り組みが挙げられます。
顧客が快適に過ごせる空間づくりもCX向上に不可欠です。清潔なトイレやエレベーター、十分な広さの駐車場や駐輪場、心地よいBGM、商品の魅力を引き立てる照明など、細部にわたる配慮が店舗全体のブランドイメージを高めます。
また、視覚に訴える売り場づくりも重要です。商品の価値を伝える目を惹くPOP広告の設置や、季節感を演出するディスプレイは、顧客の購買意欲を刺激します 25。近年では、紙のポスターに代わって動画コンテンツなどを配信できるデジタルサイネージの活用も進んでおり、よりダイナミックな情報発信が可能になっています。さらに、キャッシュレス決済の導入は、会計をスムーズにし、顧客の利便性を大きく向上させる基本的な施策です。
ビジネスモデルもまた、従来の「売り切り型」から、顧客と継続的な関係を築く「リレーションシップマーケティング」へとシフトしていま。その代表的な手法が、サブスクリプションモデルの導入と、既存顧客の維持(リテンション)を目的とした施策の強化です。
サブスクリプションモデルは、月額定額制などで定期的に商品やサービスを提供するビジネスモデルです。
スーパーマーケットや飲食業界でも導入事例が増えており、例えばコーヒーチェーンの上島珈琲店では定額パスポートを提供し、来店頻度の向上に成功しています。
また、無印良品では家具のサブスクリプションサービスを展開し、新生活を始める若者などの需要を取り込んでいます。これらのモデルは、企業にとっては安定した収益基盤となり、顧客にとっては手軽にサービスを試せるというメリットがあります。
新規顧客の獲得コストが増大する中、既存顧客との関係を深め、リピーターになってもらうことの重要性が高まっています。そのための基本的な施策が、ポイントカードやアプリを通じた割引クーポンの提供です。
さらに、SNSやメールマガジンを活用した積極的なコミュニケーションも欠かせません。新商品の情報やお得なキャンペーンを告知するだけでなく、顧客からの口コミや投稿(UGC)を積極的に紹介することで、顧客とのエンゲージメントを高め、ブランドへの愛着を育むことができます。時にはインフルエンサーと連携したプロモーションを展開することも、新たな顧客層へのアプローチとして有効な手段です。これらの地道な活動が、顧客との信頼関係を築き、長期的なファンを育てるのです。
デジタル技術の進化は、小売業のマーケティングを根底から変えました。オンラインとオフラインの境界は溶け合い、顧客との接点は多様化しています。この変化に対応することが、現代の小売業にとっての喫緊の課題です。
※本パートで紹介する企業のマーケティング事例はインターネット等の公開情報から当社調べで独自に作成したものです。
小売業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)とは、単にデジタルツールを導入することではありません。デジタル技術を活用してビジネスモデルそのものを変革し、新たな顧客体験を創出する取り組みを指します。
その中心的な考え方が「オムニチャネル」あるいは「OMO(Online Merges with Offline)」です。これは、実店舗、ECサイト、スマートフォンアプリ、SNSといったあらゆるチャネルを連携させ、顧客がそれらを意識することなく、シームレスな購買体験ができるようにする戦略です。
マーケティング事例:ユニクロと無印良品
• ユニクロ:
同社の公式アプリは、オムニチャネル戦略の成功事例として知られています。アプリ上でECサイトと同じように商品を購入できるだけでなく、実店舗の在庫をリアルタイムで確認したり、オンラインで購入した商品を最寄りの店舗で受け取ったりすることが可能です。これにより、オンラインとオフラインの垣根をなくし、顧客の利便性を最大化しています。
• 無印良品:
アプリ「MUJI passport」は、顧客との関係構築に成功しています。店舗へのチェックインや商品購入でマイルが貯まる機能は、デジタルを活用して実店舗への来店を促す優れた仕組みです。アプリが顧客との重要な接点となり、長期的なファンを育成しています。
これらの事例が示すのは、デジタル戦略が物理店舗の価値を代替するのではなく、むしろその重要性を増幅させるという事実です。「オンラインで購入し、店舗で受け取る」という体験は、店舗が顧客にとって便利な場所にあってこそ価値を持ちます。つまり、デジタル時代のマーケティングにおいても、その基盤となるのは正確なエリア分析なのです。
デジタル広告の最大の利点は、そのターゲティング精度の高さにあります。従来のマス広告のように不特定多数に情報を届けるのではなく、特定のエリアや属性を持つ人々に絞って効率的にアプローチできます。
特に小売業にとって重要なのが、オンライン広告が実店舗への来店にどれだけ貢献したかを可視化することです。この課題に対する強力なソリューションが、ジオターゲティング(位置情報ターゲティング)広告です。
当社の「MarketAnalyzer®Ads」は、エリアマーケティングGISで培った高度な分析技術を広告配信に応用したサービスです。例えば、以下のような活用が可能です。
• 新規出店時に、店舗から半径3km圏内に居住する世帯のスマートフォンに限定してオープンセールの広告を配信する。
• 商圏分析で特定した優良顧客が多く住むエリアに、新商品の告知を集中投下する。
• 競合店の周辺にいるユーザーに対して、自店への来店を促すクーポン広告を配信する。
このように、商圏分析データと連携することで、広告予算の無駄をなくし、最も可能性の高い潜在顧客層へ的確にアプローチすることで、費用対効果を最大化します。
InstagramやX(旧Twitter)、LINEなどのSNSは、今や小売業にとって欠かせないコミュニケーションツールです。低コストで広範囲のユーザーにリーチできるだけでなく、新商品やセール情報をリアルタイムで発信し、顧客と直接対話できるという大きなメリットがあります。
特に注目すべきは、UGC(User-Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)の活用です。顧客が自発的に投稿する商品レビューやコーディネート写真は、企業発信の広告よりも信頼性が高く、他の消費者の購買意欲を強く刺激します。
一方で、多くの企業が「投稿コンテンツの作成に時間がかかる」「SNSの活動が直接的な売上にどう繋がっているか分析できていない」といった課題を抱えているのも事実です。SNSを効果的に活用するためには、自社のペルソナがどのSNSを、どのような目的で利用しているかを理解し、各プラットフォームの特性に合わせた戦略的な運用が求められます。
消費者ニーズが多様化し、デジタル化が加速する現代において、小売業のマーケティングは大きな変革期を迎えています。かつての成功体験や勘に頼る経営手法は通用しなくなり、データに基づいた科学的アプローチが成功への唯一の道筋となっています。
効果的な小売マーケティングは、以下の好循環によって成り立っています。
1. WHERE(どこで):高度な商圏調査により、事業を展開すべきポテンシャルの高いエリアを特定する。
2. WHO(誰に):データに基づいたペルソナ分析により、顧客の姿を解像度高く理解する。
3. HOW(どのように):明確になったエリアと顧客像に対して、店舗の品揃えからデジタル広告に至るまで、最適化されたマーケティング施策を実行する。
監修者プロフィール市川 史祥技研商事インターナショナル株式会社 執行役員 マーケティング部 部長 シニアコンサルタント |
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医療経営士/介護福祉経営士 流通経済大学客員講師/共栄大学客員講師 一般社団法人LBMA Japan 理事 Google AI Essentials Google Prompt Essentials 1972年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。不動産業、出版社を経て2002年より技研商事インターナショナルに所属。 小売・飲食・メーカー・サービス業などのクライアントへGIS(地図情報システム)の運用支援・エリアマーケティング支援を行っている。わかりやすいセミナーが定評。年間講演実績90回以上。 |
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