技研商事インターナショナル技研商事インターナショナル
エリアマーケティングラボ
2025年10月9日号(Vol.184)
エリアマーケティングにおいて、国勢調査を基にしたエリアセグメンテーションデータは、非常に強力なデータベースです。例えば、「このエリアは富裕層ファミリーが多いから高品質な品揃えにしよう」、「単身の若者が多いから個食メニューを増やそう」といった戦略は、"誰がどこに住んでいるのか"という「住民のプロファイル」を捉える上で非常に有効です。
しかし、データと現実の間に、このようなギャップを感じたことはないでしょうか。「データ上は高齢者世帯が多いはずなのに、平日の昼間は若者ばかりだ…」、あるいは「居住者は少ないオフィス街だが、ここでのビジネスチャンスをどう捉えればいいのだろう?」。従来の居住者(夜間人口)ベースのエリアセグメンテーションデータだけでは、街の"もう一つの顔"、すなわち人々が働き、学び、遊ぶ"昼の顔"は見えていなかったのです。
『c-japan® Daytime』は、主に4つのステップで作成されています。
① 特徴の抽出と解釈
モデル作成単位として周辺の昼間人口が一定以上の駅を抽出しました。その駅周辺の複雑な昼間人口構成比データを「主成分分析」という手法で、いくつかのシンプルな「ものさし(主成分)」に縮約します。これにより、「都市性」「若者度」といったエリアの主要な特徴を数値として抽出し、それぞれの「ものさし」が何を表しているかを解釈・定義しました。
② グループ分け(クラスター分析)
抽出した「ものさし(主成分)」の点数と、「昼間人口密度」を基に、似た特徴を持つエリア同士を統計解析手法(クラスター分析)によりグループ分けします。これにより、最初は細かく30グループ(初期クラスター)を作成しました。この関係性は樹形図で表現されます。
③ 再編・類型化とネーミング
30の初期クラスターでは細かすぎるため、特徴が似ているグループを統合し、より実用的な22の小分類クラスターに再編しました。さらに、それらを大きな共通点で括り、A~Gの7つの中分類(類型)を定義。それぞれに「大都市中枢」「カレッジ・コミュニティ」といった、その本質を表す分かりやすい名称を付与しました。
④ 最終化と地図への適用
駅単位で作成したクラスター分類モデルを、より細かい行政区分である「町丁目」単位に割り当て、地図上で色分けしました。実際の分布状況を見ながら、昼間人口データ特有の偏りも考慮して名称の最終調整を行い、最終的な22クラスター構成のデータセットとして完成させました。
昼間人口は、通勤・通学の実態を反映する貴重なデータですが、一方で夜間人口と比較して、特定の地点(例:大規模なオフィスビルや工場)に極端に人口が集中するという、統計的な「ばらつき」が大きい特性も持っています。
このデータのばらつきは、エリアの特性をマクロに捉える上でのノイズとなり得ます。例えば、ある町丁目に巨大な事業所が一つあるだけで、その町丁目の昼間人口データが周辺エリアとは全く異なる特殊な値になってしまう、といったケースです。
そこで、このばらつきの影響を極力抑え、かつマーケティング活動の実用性を担保できる分析単位として「鉄道駅」に着目しました。
駅は、人々の移動の結節点であり、商業・ビジネス活動がその周辺に集積する、昼間人口における「活動の中心地」です。
昼間人口が一定規模以上存在する駅をエリアを判別するモデルの単位とすることで、個別の建物や地点ごとの極端な人口変動を平準化し、より安定的で再現性の高いエリア特性を抽出するモデルを構築しました。これにより、一事業所の存在に左右されない、エリア全体の「真の特徴」を捉えることが可能になります。
特に「③再編・類型化とネーミング」と「④最終化と地図への適用」の、いわば”解釈と肉付け”のプロセスが、実は一番の肝であり、開発で最も苦労した点です。単なる統計データに、いかにして「血の通った」マーケティングインサイトを吹き込むか。ここで活躍したのが、AIとの“壁打ち”でした。
この「昼の顔」データを活用することで、エリア戦略の解像度は飛躍的に向上します。
これまで「なんとなく」でしか語れなかったエリアの特性を、具体的なデータで裏付け、活動者の特性に合わせた店舗開発やMD(商品計画)が可能になります。
A1: 中枢ビジネス街: スピード提供できる高品質なランチ業態や、打ち合わせに使えるカフェが有効。
各セグメントの活動者を具体的な人物像(ペルソナ)として描き出すことで、ターゲット顧客への理解が深まり、より効果的なプロモーションやサービス開発に繋がります。
【A1: 中枢ビジネス街】Tさん (45歳・男性):
大手商社で働く部長職。ランチは15分で済ませられる立ち食いそば店がお気に入り。
【E1: アカデミックタウン】Sさん (21歳・女性):
都内の大学に通う3年生。講義の合間は友人と駅前のカフェでおしゃべりし、レポート作成のために書店にも頻繁に立ち寄る。
『c-japan® Daytime』の真価は、居住者データである『c-japan® Home』と組み合わせることで、さらに発揮されます。
例えば、東京都江東区の豊洲駅周辺エリア。居住者ベースの『c-japan® Home』で見ると、タワーマンションが林立することから、一帯は 「B01: 都市部のニューファミリー」エリアとして、ほぼ均一に評価されます。
しかし、ここに活動者ベースの『c-japan® Daytime』を重ねると、全く違う景色が見えてきます 。 「住んでいる人」は同じでも、「昼間に集まる人」によって、街は全く異なるキャラクターを持っていることが一目で分かります。
エリアマーケティングの世界では、どうしても「居住者」に目が行きがちです。しかし、人々が活動する「昼の顔」に目を向けることで、これまで見過ごされてきた無数のビジネスチャンスが眠っていることに気づかされます。
監修者プロフィール市川 史祥技研商事インターナショナル株式会社 執行役員 マーケティング部 部長 シニアコンサルタント |
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医療経営士/介護福祉経営士 流通経済大学客員講師/共栄大学客員講師 一般社団法人LBMA Japan 理事 Google AI Essentials Google Prompt Essentials 1972年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。不動産業、出版社を経て2002年より技研商事インターナショナルに所属。 小売・飲食・メーカー・サービス業などのクライアントへGIS(地図情報システム)の運用支援・エリアマーケティング支援を行っている。わかりやすいセミナーが定評。年間講演実績90回以上。 |
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