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エリアマーケティングラボ
2025年10月1日号(Vol.179)
本コラムは2025年9月10日に開催したオンラインセミナーのレポートです。 「顧客理解を「成果」に変える新方程式~AIが導くエリア戦略と生活の理解」というテーマの一部をご紹介します。
市場が成熟し、消費者の価値観が多様化した現代において、「良いモノを作れば売れる」という時代は終わりました。ビジネスを持続的に成長させる鍵は、顧客一人ひとりのインサイト(内なる欲求)に深く寄り添い、企業活動のあらゆる側面を顧客中心に再構築する「顧客理解」にあります。
顧客理解を深めることは、顧客ロイヤルティを高めてLTV(顧客生涯価値)を最大化させるだけでなく、マーケティングのROI(投資対効果)を飛躍的に向上させます。さらに、顧客自身も気づいていない潜在ニーズの発見は、新たな商品開発や新規市場の創出にも繋がり、競合他社には模倣できない強力な競争優位性となります。
多くの企業は、過去の成功体験や担当者の勘に依存し、「顧客を分かっているつもり」という罠に陥っています。
その典型例は、以下の3つです。
• 「30代女性」といった大雑把なターゲット設定
• 客観的データに基づかない感覚的な意思決定
• 購買客としての姿等、顧客の一側面しか見ていないこと
これらの罠を回避するためには、組織として「我々はこう思う」という主観から、「データがこう示している」という客観へと意思決定の軸を移行させることが不可欠です。データドリブンな顧客理解への文化的・心理的な変革こそが、すべての始まりとなります。
個々の顧客を深く理解しようとする際、そのアプローチの始点は、個人を特定する情報からではなく、人々が生活し、働き、消費する「エリア」という単位から顧客を捉え直すという視点です 。
日本国内の市場の最大母数は総人口約1億2,600万人であり、企業の顧客や潜在顧客は例外なくこの地理的空間の中に存在します 。そのため、この広大な市場を個人情報ではなく「エリア」という客観的かつ俯瞰的な単位で切り分け、分析することが、ターゲット層の解像度を高めるための最も合理的で強力な第一歩となります。
私たちは無意識のうちに、土地に対して特定のイメージを抱いています。例えば、「六本木」と聞けば富裕層や夜の繁華街を、「浅草」と聞けば下町情緒や観光地を想起するように、地名は単なる記号ではなく、そこに集う人々の特性や文化を象徴しています。これは、エリアごとに居住者や来街者の特性が大きく異なることの証左です。顧客の属性だけでなく、その顧客が根差すエリアの特性を同時に捉えることで、初めて顧客像は立体的に浮かび上がってきます。
この「エリア・ファースト」のアプローチは、近年のプライバシー保護強化の流れにおいても極めて戦略的な意味を持ちます。サードパーティクッキーの廃止や各種プライバシー規制の強化により、個人単位での追跡を基盤とした従来のデジタルマーケティングは大きな転換点を迎えています。個人の行動追跡が技術的・法的に困難になる一方で、国勢調査などに代表されるエリア単位の統計データは、安定的かつ信頼性の高い情報源としてその価値を増しています。個人情報(PII)に依存しないエリア基盤の分析は、プライバシーに配慮しながらも高い精度で市場を理解することを可能にする、持続可能で未来志向の戦略なのです。
客観的なデータに基づいて顧客理解を体系的に深めていくための具体的な手法を、3つのステップで解説します。
顧客理解の基礎は、自社のターゲットとなる人々が「どこに」「どれくらいの規模で」存在するのかを定量的に把握することから始まります。このステップで絶大な力を発揮するのが、GIS(Geographic Information System:地理情報システム)です。
GISとは、デジタル地図データに、国勢調査に基づく人口、世帯、年収といった様々な公的統計データを統合し、商圏の構造を多角的に「見える化」するシステムです。
セミナーでは、GISツール「マーケットアナライザー」を用いて、人気の街「吉祥寺」駅周辺の商圏分析デモンストレーションを行いました。駅を中心に半径500m、1kmといった範囲を地図上で設定しボタンをクリックするだけで、即座に詳細なレポートがExcel形式で出力されます。
デモグラフィックデータでターゲットの輪郭を捉えたら、次はその人々が「どんな人か」をより立体的に理解することです。顧客が一つの静的な存在ではなく、時間や状況に応じて複数の顔を持つことを認識することが重要です。
本セミナーで紹介した豊洲エリアの分析事例から、この多角的視点の重要性が見て取れます。
豊洲は、大きく分けて以下の3つの顔を併せ持つ興味深いエリアです 。
1. 住宅街(夜間人口):そこに住んでいる人は誰か
2. オフィス街(昼間人口):そこで働いている人は誰か
3. 繁華街(商業人口):そこに買い物に来る人は誰か
この分析は、従来の静的なペルソナ設定の限界を示唆します。豊洲でカフェを運営する例で考えると、ターゲットとすべき顧客層は時間帯によって明確に異なります。
• 平日ランチタイム:時間を効率的に使いたいオフィスワーカー
• 週末の午後:子供連れでゆったりと過ごしたいファミリー層
求められるメニュー、価格設定、プロモーションなどは、平日と週末とでは全く異なるはずです。より高度なアプローチは、時間帯によって市場の主役が入れ替わることを前提とした「時間的セグメンテーション」です。
戦略的な問いは、「我々の顧客は誰か?」から、「『今、この瞬間の』我々の顧客は誰か?」へと進化するのです。
顧客理解の最終ステップは、その人の内面、すなわちライフスタイルや価値観、購買動機といったサイコグラフィック(心理学的属性)に迫ることです。
デモグラフィックデータは「顧客が誰であるか」を教えてくれますが、サイコグラフィックデータは「顧客がなぜその商品を買うのか」というインサイトの核心に光を当てます。
ライフスタイルが多様化した現代において、デモグラフィック属性だけでは消費行動を予測できません。消費行動を最終的に決定しているのは、年齢や年収といった外面的な事実ではなく、その人の内面にある価値観なのです。
我々は、楽天グループのアンケートデータを活用し、個人の趣味嗜好、価値観、購買傾向といったサイコグラフィックデータをエリア単位で可視化するソリューションも提供しています。
従来、多角的なデータ分析は専門的な知識や経験に依存し、分析結果の解釈が属人化しやすいという課題がありました。しかし、生成AIの急速な進化がこの状況を一変させています。
第一の変革は、「データ読解の自動化」です。GISツールによって出力された複雑なデータやグラフの読解は専門家でなければ時間がかかりますが、最新のツールでは、分析結果のExcelデータと同時に、AIがエリアの特性を自然な文章で要約したレポートがワンクリックで出力されます。
この機能の特筆すべき点は、その信頼性の高さにあります。インターネット上の不確かな口コミ等を基にする一般的な生成AIとは異なり、国勢調査などの信頼性の高い公的統計データ(エビデンス)のみを情報源としているため、ハルシネーション(情報の捏造)のリスクが極めて低いのです。これにより、データ分析の専門家でなくても、誰でも迅速かつ正確にエリアの特性を把握できるようになります。
第二の変革は、AIとの連携による「施策立案の加速」です。
AIが要約したエリア特性レポートは、それ自体が価値あるアウトプットであると同時に、ChatGPTやGeminiといった対話型AIに投入するための極めて質の高い「素材(プロンプト)」となります。
セミナーでは、AIが要約した豊洲の商圏特性テキストをGeminiに渡し、販促施策の検討を指示するデモンストレーションを行いました。その結果、平日のワーカー向けと週末のファミリー向けという具体的なターゲット像を定義し、それぞれに応じた施策案やWebサイトのキャッチコピー案などが短時間で提案されました。
本レポートでは、現代ビジネスの根幹をなす「顧客理解」を、思い込みや勘から脱却し、客観的なデータに基づいて体系的に深めるための最先端のアプローチを解説しました。そのフレームワークは、以下のステップで要約できます。
1. 基盤: すべての顧客が存在する「エリア」を分析の出発点とし、市場の文脈を理解する。
2. 定量化: GISを活用し、ターゲットの所在地と規模を「デモグラフィック」データで可視化する(誰が・どこに)。
3. 多角化: 昼夜間人口など複数の視点から「ペルソナ」を立体的に描き出し、解像度を高める(どんな人か)。
4. 深層化: 「サイコグラフィック」データを用いて価値観やライフスタイルを捉え、購買動機の核心に迫る(なぜ買うのか)。
5. 高速化: 「生成AI」を活用し、データ分析の民主化と、施策立案までのプロセスを飛躍的に加速させる。
「顧客のことは分かっているつもり」という内向きの視点から脱却し、データという客観的な鏡を通して顧客と市場を深く見つめ直すこと。これこそが、変化の激しい時代において持続的な成長を遂げるための王道です。
本コラムで解説したフレームワークとツールは、皆様のビジネスを新たなステージへと導く可能性を秘めています。その第一歩として、まずは自社のターゲット顧客が「どこで」「どのような暮らしをしているのか」、そのリアルな姿をデータで確認してみてはいかがでしょうか。
今回デモンストレーションで使用したGISツール「マーケットアナライザー」は、期間限定で無償提供キャンペーンを実施しております。この機会にぜひ、皆様のビジネスエリアの「今」をその目で確かめてみてください。
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監修者プロフィール市川 史祥技研商事インターナショナル株式会社 執行役員 マーケティング部 部長 シニアコンサルタント |
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医療経営士/介護福祉経営士 流通経済大学客員講師/共栄大学客員講師 一般社団法人LBMA Japan 理事 ロケーションプライバシーコンサルタント Google AI Essentials 1972年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。不動産業、出版社を経て2002年より技研商事インターナショナルに所属。 小売・飲食・メーカー・サービス業などのクライアントへGIS(地図情報システム)の運用支援・エリアマーケティング支援を行っている。わかりやすいセミナーが定評。年間講演実績90回以上。 |
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