DataInsights™ TOP > エリアマーケティングコラム > 第7回
皆さんは目利きと聞いて、どんなものを連想するでしょうか。骨董品や古美術の鑑定名人のイメージでしょうか。ビジネスマンの方なら、金融機関の融資審査を連想するかもしれません。事業の良し悪しを様々な角度から検討して融資を実施するのにふさわしいかどうかを目利きするというわけです。しかし、バブル期の金融機関は不動産担保主義で貸付を行っていましたから、充分な事業性審査も経ずに野放図な融資が少なからずまかり通りました。本来の目利き力は発揮されなかったわけです。その結果がバブル崩壊後の不良債権として大きな重荷になったのはご存じのとおりです。その後の経済的停滞期には、メガバンクですら赤字に陥り、今度はこれまでとは逆に保守的な融資姿勢に走らざるを得なかったという事情もあり、やはりここでも目利き力が発揮されなかったという意見もあります。勿論クレジットリスクを評価するためのデータベースの蓄積と意思決定を支援するためのシステムが、バブル期以降急速に整備されましたし、コンプライアンスの観点からも、鑑定名人が、銀行の利益を左右するような重大な融資を胸先三寸で決めるというケースは少なくなりました。しかし、それでもやはり最終判断は人間系で決定されるという事情には変わりありません。貸出先事業に対する目利き力の強化は今後も、全ての金融機関に共通する基本的な課題であり続けます。
さて、経済成長が安定的に持続していた時代には、融資の目利きに今ほどの迷いは無かったかもしれません。大きい企業は確実に、小さい企業でも小さいなりに成長が約束されていましたから、悪い貸出先をスクリーニングすることさえできれば、まず合格点がもらえたでしょう。しかし、国内の市場の多くが成熟期に入ってくると、善し悪しを判断する基準は難しくなってきます。これまで以上に企業の質的な側面を多面的に評価することが求められてくるのです。財務指標のような目に見えるモノサシがあるわけでもなく、また、業種や規模や組織のタイプに即して個別に判断しなくてはなりません。専門的かつ高度な目利きの力が求められる時代と言えましょう。
立地について、その善し悪しを判断することを「目利き」という言い方をすることがあります。「立地の目利き」もまた、やはり経済の成長期にはあまり顧みられることがなく、近年になってその重要性が高まっているという意味では、先の銀行の事情とよく似ているのです。
店舗開発や実地調査の分野において、優れた商業的フィールドワーク研究は少なくありません。現場に佇み五感を働かせ消費者行動を具に観察することから得られる知見は、マーケティング上の示唆に溢れています。それ以上に慧眼に富んだ文明批評や経済論評として読むことさえ出来ます。しかし残念なのは、そうした目利き力が、これまで流通企業の事業戦略に影響を与えたり、事業計画の中で活用されたという事例はほとんど聞いたことがありません(※)。業種によっても時代が前後しますが、店舗の大量出店期の頃に店舗開発に求められたのは、それぞれの立地が持つ個別的な性質に対する目利き・嗅ぎ分けではありません。重要なのは、マス大衆としての顧客を効率よく集客することです。そのために良い立地か悪い立地かの判別を大量かつ瞬時に行うことが最優先だったのです。
時代は変わり、今や立地の目利きにも新しい役割が求められています。マーケットは量から質への転換の時代を迎えました。大衆消費をリードした団塊世代はリタイアし、マスマーケティングの時代に栄華を誇った業態が次々に凋落する様は象徴的です。目利きに求められているのは、最適立地の判別ではなく、立地の多様性に関する詳細な記述です。立地の良い悪いを判断するのではなく、事業を行うに際して、どのような利点や、どのようなリスクが考えられるのか? そうしたことを多面的な角度から評価することが求められるのです。立地環境は、ひとつひとつどれをとっても異なりますから、個別評価をもとにマネジメントを行うのが理想です。それでは日常の管理が複雑に過ぎます。そこで立地や店舗を幾つかのグループに分けて、マネジメントしようという商圏クラスタリングの考え方が出てくるのです。
(※)立ち食いそばのダイタンフード社は立地戦略が企業の最重要施策となっている例外的な企業のひとつです。
週刊ダイヤモンド2010/05/22特集「外食_30兆円産業の新潮流」
製品開発やWEBデザイニングにおいて、顧客理解を図る手法としてペルソナ戦略というものがあります。マーケティングにおけるターゲット顧客像について、抽象的な属性や推計された数値のみで見るのではなく、ペルソナという架空の顧客イメージに名前を付け、職業・家族構成・住所や趣味までを想定し、顔写真を見ながら生活者としての真実に迫っていくという方法です。これは勿論ひとりで試してみても何の意味ももたらしません。社内においてバックボーンの異なる部門横断的なプロジェクトのプロセスとして企画されたワークショップで、大きな意義が果たせます。
部門を跨ぐこうしたプロジェクトに一度でも参加したことがある方なら実感していただけると思いますが、部門が異なればそれぞれの利害に基づき関心や物の見方が大きく異なります。例えば「都市型アクティブ富裕層」というターゲットでプロジェクトを進めていたとして、部門間で全く異なるイメージを抱いだいている可能性がかなりあります。広告と販促とでは成果に対する時間軸が異なりますし、開発(または商品)は、当たるかどうかも分からないコンセプトベースの先鋭的な顧客セグメントに不安を感じるかもしれません。これでは、一つの方向性を打ち出そうにも、部門ごとに外国語を話しているようなもので、まとまる話もまとまりません。そのための共通語づくりから始めなければならないということなのです。その共通語がペルソナというわけです。
ペルソナ戦略は、社内の共通語づくりに役立つだけではありません。それまで顧客ニーズ起点のマーケティングを標榜しながら、如何に顧客について何も知らなかったかという反省をもたらします。
ターゲティングというのは、口で言うほど簡単ではありません。ターゲティングを言うからには、ターゲットとそれ以外の顧客の識別ができなくてはなりません。しかし、ある程度の規模の企業が通常に営業活動を行なっていれば、標的顧客の選定というのは、心を鬼にしても出来るものではありません。様々なニーズの顧客に対応することこそ顧客志向だと考えたいという気持ちが通常です。また先に述べたとおり、ターゲットというのは人によって、部門によって考え方が異なります。試しに15分間、アンチターゲット(顧客として避けたほうが良い層。ターゲットと正反対の性質を持つ顧客イメージ)についてブレインストーミングをしてみるとよいでしょう。3人集まれば、意見の統一を見ることはないでしょう。顧客のターゲティングというのは、わざわざペルソナという架空の顧客イメージを時間を掛けて作り出さないとまとまりがつかないほど難しい問題なのです。
つまり顧客については、よく知っているつもりでも実はぼんやりしたイメージしか持ちあわせていなかったという事が言えます。そして更に言えば、衰退企業ほど、ターゲットについて無頓着なのです。
さて、ペルソナ戦略は、ペルソナを作るのが目的ではありません。マーケティングに関して、広告や商品や販促といった各機能別戦術のベクトル合わせのための手段として実に有効な方法なのです。
顧客について一部の部門が、如何に洞察深い分析を行ってもたいてい役には立ちません。ペルソナ戦略で行ったワークショップのプロセスのように、具体的なイメージをひとつずつ丹念に確認しながら、全部門で統一したターゲティングをもとに顧客戦略を組み立てていかなくては、地に足の着いた取り組みとはならないのです。
同じことが立地の目利きにも言えます。立地や店舗を幾つかのグループに分けて、その類型別に各施策を策定するという「商圏クラスタリング」の方法があります。統計や数理的な方法論に関してはここでは触れませんが、重要なのは、ペルソナの例で挙げたような社内各部門の共通語と成りうるフレームを提示しうるかという点です。具体例を上げたほうが早いと思います。下表は立地によって複数のフォーマットを使い分けて、一定の成果をあげているコンビニエンスストアのクラスタリング事例です。ここで重要なのは、広告、販促、商品というようにマーケティング上のすべての施策が、立地に即してそれぞれ考慮されているということです。こうした店舗類型の枠組みがあれば、社内の様々な分野のプロが同じ言葉で、マーケティング活動を議論することが可能となるのです。
| 通常型ローソン | ナチュラルローソン | ローソンストア 100/ sHOP99 | ローソンプラス | |
|---|---|---|---|---|
| 顧客特性 | 20~30代男性主 | 20~30代の働く女性・健康志向向顧客 | 主婦・中高齢者 | 主力客層+商圏の特性に合った客層 |
| 女性顧客比率(推計) | 約30% | 約45% | 約40% | ー |
| 出店地域特性 | 全国 | 大都市圏のオフィス街・住宅地 | 都市圏の住宅地・駅前立地 | 大都市および地方の市街地・住宅地 |
| 取り扱い品目数 | 約2,800品目 | 約2,500品目 | 約4,500品目 | ー |
| 通常型ローソンとの 共通商品比率 |
約60% | 約10% | ー | |
| 総店舗数(2009年2月末現在) | 8,509店 | 93店 | 925店 | 747店 |
株式会社ローソン「アニュアルレポート2009」より抜粋
こうしたマルチフォーマット化の動きは、いずれ地域対応を標榜する小商圏業態の全ての業種に波及することになるでしょう。その時、立地の目利き力が果たす役割というのは、このようなマーケティング戦略のフレームを提示するところにあるのです。
ファイン・アナリシスLLC
代表 鈴木 英之
清水信年 2010「ローソンの出店行動に関する事例研究」流通科学大学論集
板倉勇 1985「小売市場の主役”団塊の世代”を追う」『大型店VS商店街』中央経済社
三浦展 2005『団塊世代を総括する』牧野出版
藻谷浩介 2010『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』角川書店
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