DataInsights™ TOP > エリアマーケティングコラム > 第5回
全ての生物に寿命があるように、店舗にも寿命があります。それは店舗が開店したその日から定められた運命なのです。店舗はその寿命を永らえるために定期的な改装工事を行います。毎年の利益からそのための積立を必ず準備している筈です。リニューアルによるイメージチェンジは細胞の新陳代謝のようなもので、店に新しい息吹を吹き込みます。リニューアルを機に客層が変わったり、収益構造が変化したりということは珍しく有りません。新陳代謝がストップした店舗は、日一日と死に向かって歩んでいると言えます。多店舗を経営する企業にとっても、同じことです。業態開発(新しい店舗フォーマットの投入)や既存店舗の業態転換は、製造業における新商品、新サービスの開発と全く同様の意義を持ちます。時代や環境は刻一刻と変化しています。明日の市場環境が、昨日までと同じという保証はどこにもありません。開発の手を止めれば、少しずつフォーマットは陳腐化し、やがて企業は緩慢な死を迎えます。新陳代謝の止まった衰退商店街と同じ運命を辿ることになるのです。
さて、リニューアル・業態転換を行なう際の、「事業戦略」と「エリア(=立地)」の関係には下の二つがあります。
これまでの自社のノウハウ、勢力範囲、標的市場、勝ちパターンといった経営資源や経営戦略を振り返った時に、自社にとって有利な戦いが可能なエリア(商圏)はどこなのか?
既存店舗の立地エリアに最も適した店舗フォーマットは何か?ターゲット(標的顧客)は変わるのか?商品・サービスは変わるのか?その他の全てのマーケティング施策はどのように変わるのか?
前者は新規出店の際の立地選定と全く同じ考え方です。多店舗マネジメントの場合には、先に本部にて、業態転換のコンセプトや新フォーマットを確定します。その上で新業態を投入するエリアや既存店を選定する際に採られる考え方です。また後者は、特定の既存店舗(群)の売上改善を果たすためには、どのようなリニューアル方針が最適か?最も優れた業態転換の方向性について検討する際の考え方です。探索的な実験店やテストマーケティングでの検討もこれに当たります。
いずれにせよ重要なのは、戦略と立地とは深いところで結びついており、リニューアル・業態転換の成功のためには、両者の整合性を考慮した事業展開が必要だということです。どういう事かと言うと、立地条件を問わず、どんな立地でも通用する戦略というものはありませんし、その逆にどんな業態戦略でも成功する優れた立地というものは望めません。立地という経営資源を活かすも殺すも戦略次第と言えますし、反対に立地を評価する際には、ただ漠然と客入りが良い/悪いという表層的な判断ではなく、丹念に経営戦略・事業戦略との整合性を確認した方が良いということです。
それではリニューアル・業態転換戦略の際に、立地のどこをチェックすれば良いか、ということを問う前に、店舗経営・商業経営を取り巻くここ最近の市場環境の変化について概観してゆきましょう。
リニューアル・業態転換は、時に経営財務を含む事業計画全体の変更に波及します。このような大掛かりな経営上の大手術が必要なのは、ここ近年の市場環境の劇的な変化に対応するためです。現下、進行中の消費市場のこの大きな地殻変動については、議論百出です。論者や経営者によって見方は様々だと思いますが、この状況を簡潔に言い表すとして「不況」と「二極化」の2つのキーワードを用いることについては異論が無い所だと思われます。前者は市場変化の量的側面、後者は質的な側面を抽象的に表現しています。リニューアルや業態転換を計画するうえで、この2つの視点から市場変化をどのように捉え、そしてどのような対処を選択するべきなのか、という点が重要な論点になります。なぜならその選択こそが、店舗と企業のその後の運命を定めてしまうことになるからです。特に店舗経営、企業経営の中で「二極化」をどのように位置づけるのかという点は最も重要です。
「不況」だから価格を下げるしかない。しかし下げても成功する企業と失敗する企業のコントラストが明確になってきた。ここに事態の本質が見えます。市場と顧客が二極化(場合によっては多極化)の様相を明らかにしてきたとすれば、それは店舗や企業にとって、これまで以上にターゲット(標的市場や標的顧客)の選択を迫られることになるのです。選択が遅れたり、選択を誤まったりすれば、それは市場からの退出を意味することになるのです。
消費の二極化については、様々な観点からの議論がなされています。論者によって少しずつ意味合いが異なります。池澤(2007)は様々な文脈で用いられる「消費の二極化」について簡潔に4タイプにまとめています。
| 二極化のタイプ | 内容 |
|---|---|
| 1 購買場面の二極化 | 一人の人が「高級品」と「格安品」を購入する二極化 |
| 2 消費階層の二極化 | 所得格差が社会階層の分化を生み、「勝ち組」「負け組」の意識化がなされる |
| 3 商品のヒット率の二極化 | 「売れる商品」「売れない商品」の分化という二極化 |
| 4 都市と郊外の二極化 | 都心部の高級商業施設投入と郊外のディスカウント集積誘致 |
池澤威郎(2007)「消費の二極化と小売業態の革新」より抜粋
これらの二極化の諸相は、それぞれ単純に独立して起こっているというよりは、業種・業態で様相を変えながら複雑に絡み合いながら進行しているように思われます。市場が単純に二分されたというような単純なものではないのです。市場変化の文脈をひとつひとつ解きほぐしながら読解するのは容易いことでは有りません。勝ち組と負け組を分かつ差とは、実のところ、この混迷した市場を読み解くリーディングの巧さによるものなのかも知れません。
標的市場の選択は決して容易では有りません。大抵の場合、既存顧客や既存市場の一部を放棄するというリスクを伴うからです。全ての顧客を満足させる商品やサービスは、もはや存在し難いのです。そうであれば、それぞれの市場や顧客に特化し、有効な戦略・戦術を洗練させた店舗や企業が有利なのです。理屈の上ではそうなります。(既に衰退段階に入った業態は、二極化したどちらの層からも支持を得ることが出来ず、自滅に至ったことを思い出してください)しかし多くの企業は相変わらず、どっちつかずの総花路線の継続を選んでしまいます。市場は先行きが見えず五里霧中を歩むかのようです。たとえターゲットを選択する事が唯一の脱出法と分かってはいても、決断の勇気は誰にもありません。
以下では、消費の二極化をキーワードに立地との関係性においてお話します。店舗経営の処方箋には成りませんが、判断の物差しとしては、利用して頂ける事と思います。
4つの「二極化」の中から、先ずは立地と最も馴染みが深い、タイプ4「都市と郊外の二極化」の問題からお話しましょう。
立地の二極化と言った場合に多くは都市/郊外という対立軸を想定します。従来からの中心地理論に基づけば、小売吸引力指標(=エリア内の一人当たり小売販売額÷都道府県等の一人当たり小売販売額)によって、広域吸引力や商業地としてのランク(格)を測ることが出来ました。この指標は商業地価と対応していますから、バブル期までは都市ごとに商業地の公示地価を繁華街・商業地のランク(格)として評価していました。商業地は、ランクに応じた購買単価や来街頻度が存在します。その街に相応しい業態や店舗規模を決定する際の目安にもなります。しかしその後、中心市街地の求心力の低下や郊外を舞台にした広域ショッピングセンターの開発が行われ、最近では大型アウトレットモールの伸長に見られる新たな市場潮流の中で、吸引力指標という一つの物差しだけで、商業地ランクを判断するのは難くなりました。地方圏では、中心市街地をさしおいて、ひとつの広域ショッピングセンターが、最高次の商業集積となっているケースは珍しくありません。大型店占有率や昼間人口といった幾つかの商業指標を用いて、立地する商業集積のランク評価とタイプ分類を行うのが賢明でしょう。
都市と郊外の二極化はまた、商圏ライフサイクルの観点とも絡んできます。広域エリアの中で、商業集積間の競争をある程度長いスパンで見渡してみると、それぞれの商圏の盛衰は、それぞれの商圏の持つライフサイクルとして理解することが出来ます。とりわけ商店の入れ替わりの少ない商業集積の場合には、商店主の平均年齢層が顧客の年齢層を規定し、それが年とともに高齢化してゆくと考えると、理解が容易です。既存の商業地の多くは成熟期を既に過ぎていますから、今の賑わいがどのくらいの期間持続するエリアなのか、もし今衰退しているとすれば、次の再生サイクルが始まりそうなエリアなのか、という点も重要なポイントになります。
また商業と街づくりとの関係についても見過ごすわけにはいきません。商業政策をエリア的にどのように展開するのか、自治体の施策方針も一様では有りません。広域拡散型を当面維持するのか、コンパクト集約型を目指すのか、という地域経営方針の二極化も鮮明になってきます。
これまで地域経済において都市圏と地方圏との格差が拡大している点について、たびたび指摘がありました。今後は、各生活圏のレベルで域内の資金循環が円滑なエリアとそうでないエリアとの格差が鮮明になってくるという見方もあります。
小地域の購買力を示すデータは、これまでもマーケティングの実務で頻繁に用いられてきました。住宅面積や輸入車登録台数等のデータは、小地域において所得層の状態を類推するのに充分な情報をもたらします。また世帯の年収や資産に関するデータも幾つかの方法で推計され、実用に供されています。ただし、現実の消費市場は、次項でも触れますが経済的な所得階層だけでは読み取りが難しいように感じます。「マス=中間大衆層」や「富裕層」という市場の括り方も大雑把に過ぎるのではないでしょうか。
住環境エリアの「二極化」が話題になる事もあります。住宅地ランキング表が掲載された週刊誌を目にすることも多いでしょう。マンションの価格や賃料相場をエリア別に集計すると様々な事が分かってきます。賃貸と分譲、新築と中古、コンパクトタイプとファミリータイプとでは、それぞれのランキングに特徴的な異動があるのです。単純に高級エリアと庶民エリアと言うような二極化というよりは、ライフスタイルの志向性によって、「ブランドお屋敷町ランキング」や「サスティナブル下町ランキング」あるいは「アグレッシブ都市型居住エリアランキング」等複数のランキングを想定することが出来そうです。
リチャード・フロリダは、人間はその性格によって幸福感を覚える土地を居住地として選択するという考え方の下、全米の各都市の街の個性を性格5因子で評価しました。具体的には居住者に対してアンケート調査を行い外向性、協調性、情緒不安定性、誠実性、開放性のそれぞれの性格因子で都市の「性格」を測定したのです。アメリカは定住志向が希薄で生涯の転居回数も多いため、日本よりエリアの多極化が鮮明である可能性があります。
また情報格差(デジタル・ディバイド)の地域的な偏りも今後のエリアマーケティングの重要ポイントだと思われます。ITを含む様々なメディア接触の中で、それぞれの顧客グループがどのように店舗や商品・サービスに関する情報にさらされているかという観点に基づくマーケティング活動は、今後、その重要性を増してくるものと考えられます。
マーケットでの個性や生活価値の多様化の進展を評して「十人十色から一人十色」という言い方が有ります。一人の消費者が時と場面に応じて高級ブランドショップと100円ショップとを使い分けるような消費スタイルのことです。顧客は、自分(世帯)にとって重要なカテゴリーでのみ高級品を購買し、その他は廉価な商品で済ます、と。一時期、「富裕層マーケティング」が様々な業界で流行りましたが、富裕層だからと言って全ての消費カテゴリーにおいて財布の紐が緩く、高級品志向とは限りません。自分(世帯)にとって納得出来るストーリー(物語り)がある所になら、高くても支出するが、自分(世帯)に合わないと判断したら、タダでも貰わない、というのが、この「購買場面の二極化」状況の消費シーンです。
購買場面の二極化の局面で、顧客セグメントを捉えるヒントになるのが、ライフスタイルのパターンと時間帯別消費との関係です。特定の消費者セグメントは特定の時間帯に特定の場所で時間を過ごします。先進的な商業施設では、重点顧客グループ別の滞在ストーリーや回遊ストーリーづくりを進めています。これまで街づくりやSCの計画で施設内の入念な動線設計で回遊性を高めるということがなされてきました。今後は更に、どの曜日のどの時間帯にどの顧客セグメントに対してどのような価値(滞在することから得られる満足感)を提供出来るのかといった具体的なレベルに落とし込んだマーケティング施策が求められることになるでしょう。
商品の二極化もそうですが、店舗の勝ち組と負け組も対照的です。「低価格だけでは売れない」、「価格プラスαの価値を見つけ出せ」とよく言われます。各社は、価格訴求以外の「プラスαの価値」を見つけようと試行錯誤を繰り返していますが、どうやらそうした価値は、これまでのようなマス発想の、最大公約数的なニーズや顧客満足やサービス品質の観点からは、見つかりそうにありません。上記に見てきた「二極化」軸を組み合わせて利用し、自社に最も適切なターゲットを見出し、事業戦略と立地評価の精緻化を図って頂ければ幸いです。
ファイン・アナリシスLLC
代表 鈴木 英之
池澤威郎(2007)「消費の二極化と小売業態の革新」
荒井良雄・箸本健二編(2007)『流通空間の再構築』
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