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消費トレンドDBの意義--アンケートデータの小地域空間表現について--

[2010年2月3日]
04『消費トレンドDBの意義--アンケートデータの小地域空間表現について--』

1:小地域「定性」情報の重要性

消費市場の成熟化とライフスタイルの多様化・複雑化は、マーケティングターゲットを捉えにくいものにしています。また国内市場規模は中長期的には、横這い若しくは漸減化傾向をたどるものと思われますが、このことは、「需要の規模」よりも、「需要の質」に着眼したマーケティングの一層の必要性を示唆するものと思われます。需要予測に基づいた生産計画や在庫・販売計画ももちろん重要ですが、異質な需要セグメントの峻別やそこから新たな需要ニーズを発見する、または微かな兆候から時代の変化を読み取るといった需要の微妙な「質」に着眼したマーケティングは、現在、製造業からリテール、飲食・サービス業に至るまで、およそ勝ち組と呼ばれる企業に共通する手法です。具体的には、ID付POSデータベースを活用したCRMやインターネット販売における優れたレコメンデーションシステムを挙げる事が出来ます。これらの個人顧客を識別するマーケティングとは別に、エリアを単位にしたエリアマーケティング、エリアマネジメントといった施策が、近年クローズアップされています。その背景を2つご紹介します。

(1) 場の空間的格差の顕在化

これまでもチェーン企業の店舗開発において、「中心市街地vs郊外ショッピングセンター」や、「ニュータウンvs都心型タワーマンション」といった、マーケットの質をめぐる対比軸は存在しました。しかし大局的な市場の拡大成長基調の中で、エリア間の差異に着眼したマーケティングよりも、将来計画や時系列予測的なマーケティングが重要視されていました。低成長の時代になると事情は異なります。市場が成熟し全体のパイが限られてくると、その中で如何に有利なポジションを取れるかという既存市場の再活性化や潜在市場の掘り起こしを通じた差別化競争になってきます。エリアの異質性や格差そのものに着眼し、そこから新しい市場(価値)を創出するマーケティングが重視されるようになる訳です。
こうした時代のエリアマーケティングはミクロ視点のものになります。空間的には500m~5㎞(半径10km以上に及ぶ大型ショッピングセンターの場合でも核となる足下商圏は数キロ以内です。)程度の店舗商圏単位になります。小売業、飲食・宿泊業、サービス業界であれば、ミクロエリア分析を経営戦略や様々な意思決定に役立てるのは当然ですが、リテールサポートを行うメーカー・卸売業でも、こうしたミクロ視点のエリアマーケティングやエリアマネジメントが採用され始めています。
リテールサポートを行う企業は川下の店舗・施設を「顧客」として捉えます。店舗が重点顧客の絞り込みを行ったり、客層の転換を図ったりするのと同じ考え方で、様々な店舗を業態やエリア属性によってセグメント化して、店舗の選別(有望な店舗とエリアの絞り込み)や資源の集中投下(ターゲットマーケティング)が行われます。
「その店舗・エリアにフィットするのはどのブランド・ラインか?」、「有望店舗・エリアの広域的な分布はどうか?」、「そうした店舗・エリアの将来性・持続性はどうか?」、「空白エリアは潜在市場となり得るか?」、「その際の切り札となる施策は?」、「競合他社のエリア展開はどうか?」、このように商品(ブランド)とエリア(ミクロ・マクロ)に関する分析と施策が縦横無尽に行われるのです。

(2)海外進出戦略の策定

2009年6月、経済産業省から「アジア消費トレンド分析報告書」という調査結果が発表されました。これは、我が国の製品やサービスのアジア進出を後押しするために、マーケティング情報に関するインフラを整備することを意図したものです。アジア各国の消費者に対して、「ファッション衣料」、「自動車バイク」、「携帯電話」、「漫画、ゲーム、映画、音楽、アニメ」、「エステサロン、フィットネスクラブ」の各分野に関する購買行動や購買意向を尋ねるとともに、デモグラフィック属性(性、年齢、年収等)の他、ライフスタイルに関する価値観指標を質問し、それぞれの国ごとに消費者をセグメントして示したものです。
各国それぞれ歴史・文化に相違があり、置かれている社会構造や経済状況も異なるので、マーケティングセグメントもそれぞれその国独自のあり方を示しています。たとえばマレーシアでの富裕層セグメントに対する戦術は、ベトナムの富裕層相手には全く通用しない可能性があります。集計単位は国別ですから、従来の各国民性の分析調査に近いものかも知れません。今後、アジア進出企業が、現地を舞台に海外資本や現地法人と互角に戦うためには、国から地域(都市)、さらに地域(都市)から店舗商圏といったミクロ空間レベルで、このような市場の「見える化」マップが求められるものと思われます。

2:現状のデータ活用状況

(1)センサス小地域統計データ

ミクロ空間で市場を「見える化」する基本ツールとして、国勢調査や商業統計といったセンサス(各国政府が実施する全数調査による統計資料)の小地域統計データが挙げられます。既にGISを利用して、統計データをメッシュや町丁目単位で地図表示している企業は少なくありません。しかし、先にお話ししたような「市場の質」に着眼し、経営戦略におけるクリティカルな状況判断で用いられている例は、国内ではほとんど見受けられません。もともとセンサスは民間利用、特に企業のマーケティング用には設計されていませんので、マーケティングに必要な基本的な項目が公表されていないケースがよくあります。例えば商圏内の「庭付き一戸建て居住の退職者高齢世帯数」や「子育て中専業主婦人数」といった数値を知りたいと思っても、統計表から探し出す事は出来ません。別途、推計モデルを作成して推定のための計算が必要になります。そのため、GISを利用している企業でも、商圏内の年齢別人口や世帯数の把握程度にしか用いられず、マーケットの核心に迫るには程遠い状況です。

(2)リサーチ会社によるアンケートデータの利用

センサス以外のリサーチデータとして、民間各社がリサーチパネルやモニターに対する有用な調査を実施しています。センサス程の統計的な厳密性はないものの、業界や業種別に微に入り細を穿つ調査項目が設計されています。又的を射たレポートが提供されているケースも少なくなく、実務の現場では欠かすことが出来ないリソースとなっています。最近ではインターネットを利用した調査が可能なためコストはかなり下がってきたため、オーダーメイドのアドホック調査をリクエストする企業も増えてきました。リサーチ会社が保有するモニター数の限界にもよりますが、市区町村別にデータを用意してもらえる場合もあります。そうした場合には、地域性の違いは重要なマーケティング情報とすることが出来ます。しかし現状のところ、店舗商圏のようなミクロな空間情報を取得するところまでには至っておりません。

(3)センサスとアンケートデータの合成法

・センサスは小地域の違いを表現するが、知りたい項目が無い。
・アンケートデータは知りたい項目が得られるが、小地域の違いを知るための十分なサンプル数が無い。
こうした事情から、センサスと他のアンケート調査を組み合わせる方法が、国外では試みられてきました。(欧米諸国では、センサスの匿名標本データ:Samples of Anonymised Recordsが利用できるという事情があり、国内と比較してセンサスの利活用が進んでいます)マイクロシミュレーションという技法では、センサスと標本データを組み合わせることによって、得られた小地域の様々な合成データから応用的な推計や将来予測を行います。

アンケート調査はモニター数に限りがありますから、空間的な分布に極端な偏りが見られる事も少なくありません。またモニターが全く存在しない空白地区が目立つ場合も少なくありません。しかし、例えば要介護認定者数の推定や輸入自動車の保有台数の推定などのように社会的、経済的に安定したモデルを想定することが可能な場合には、モデルの助けを借りて空白地区の数値の補完や推定をすることが出来ます。

3:小地域空間表現・推計方法の考え方 (消費トレンドデータベースを例にして)

それでは、センサスとアンケートデータから作成された合成データについて、消費トレンドデータベース(以下、消費トレンドDB)を例に説明します。このデータベースは、ミクロ視点で、商圏の定性的な特徴を「見える化」するためのマップとして作成されました。主なリソースとして国勢調査の小地域統計と日経リサーチ社によるアンケート調査データを用いて、マーケティング現場で使いやすい項目を厳選しています。
【項目一覧】2008年消費トレンドDB[日経リサーチ版][201KB]

(1)説明モデルの作成

こうした推計をする場合には、まず既存の社会学や経済学における定説や企業内のマーケティング仮説に基づいた説明モデルが必要です。Williamsonら(1996)は小地域における世帯の水道の需要量を推定するために、世帯当たりの部屋数や皿洗い機の有無の推定値を説明変数にしたモデルを作成しました。
消費トレンドDBでは、消費行動の多くがコーホート(出生が同じ年代に属する世代層、例として団塊世代等)によって大きく左右されることに着眼してモデルを検討しています。たとえば、バブル崩壊以前に成人になった、言わば「プレバブル世代」と、バブル崩壊以降に成人になった「ポストバブル世代」とでは、消費に対する意識や行動が全く異なると言われます。また婚姻の別(未既婚)も大きく消費行動に影響しています。都市部の未婚層や非婚層は消費に対して特有の行動をしている事が多いに考えられます。小地域において、これらの居住者デモグラフィック変数を説明変数として、日経リサーチ社のアンケートデータを説明するモデルを想定しました。勿論全てのアンケート項目が、これらの変数で表現できる訳ではありません。統計的な検定を行った上で推定に妥当性があり、かつ小地域の多様性を充分に表現しているのでなければ、別のモデルを想定する必要が出てきます。

(2)IPF合成

地域居住者のデモグラフィック変数は、センサス(国勢調査)から得られます。しかし公表されているデータは、ごく一部の限られたものです。例えば、世田谷区池尻1丁目で、女性で、かつポストバブル世代の人口は国勢調査から調べる事が出来ます。また未婚女性の数も同様に調べる事は出来ます。しかしポストバブル世代で未婚の女性の人口の集計値は、公表されていません。これを何らかの方法で推定する必要があります。マイクロシミュレーションでは、こういう場合にいくつかの推定法を用意しています。その中で最も広範に用いられているものの一つがIPF(iterative proportional fitting)法です。消費トレンドDBではこのIPF法が採用されています。こうして得られた合成データを、先のモデルに投入し小地域推計が行われます。
このようにしてアンケートデータの結果を小地域(町丁目)レベルで活用することが可能となったのです。

4:小地域推計データの活用法と留意点

このような推計計算に対して、精度や信頼性に対する質問がたびたび寄せられます。どのような考え方や仮定に基づいて推定を行ったのか、どの程度の予測誤差を織り込んでいるかということについて統計的な説明をするのは簡単ですが、実務で使用する際にはもっと重要な留意点があります。たとえば、要介護認定者の小地域推計値は、介護事業所開発の参考にはなるかもしれませんが、市場が成熟しサービスの差別化競争の段階に至っている都市圏のエリアでは、その数値を以ってして、事業計画の信頼性を保証する事には成り得ません。当然ですが、競争が厳しいエリアでは潜在顧客数をこのようなやり方で予測するのは不適切です。サービスタイプ別の競合数や顧客数等の細かな条件等をいろいろ検討する必要があります。推計値の正確さを追及するよりも、その推計値を何のためにどのように経営判断に用いるのかというデータの使い方の吟味の方がより重要でしょう。データの使い方や仮説の立て方によっては、使用するモデルも異なってきますし、別の計算方法を検討しなくてはならなくなります。
マーケティングは仮説と検証の繰り返しでレベルを高めてゆきます。検証のためのものさしであるデータもまた、その使用用途と使い方が適切かどうか、常に仮説と検証を繰り返すことを通じて精度と信頼性を高めていく必要があります。

ファイン・アナリシスLLC
代表 鈴木 英之

参考文献

Williamson P, Clarke G P, McDonald A T (1996) “Estimating small-area demands for water with use of microsimulation” in Microsimulation for Urban and Regional Policy Analysis
ターゲット・インサイト '09-'10 (2009) 宣伝会議2009年9月1日号別冊
岩崎学 (2002)『不完全データの統計解析』

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