DataInsights™ TOP > エリアマーケティングコラム > 第3回
エリアマーケティングにおいて、町丁字単位等の小地域でデータを解析・推計するためのマイクロシミュレーションという手法があります。欧米では、近年この手法を用いて、社会・経済の分野における政策シミュレーションが盛んに行われています。
マイクロシミュレーションでは、まず様々な属性をもった個人や世帯からなるミクロデータを一人ずつ作成・集計し、社会のシミュレーション(模造)として実験を行います。例えば、「ある地域のあるショッピングセンターの30代の出向率は○○%で、40代の出向率は△△%」といった具合です。
そして、対象地域の全住民一人ひとりの出向率を推定します。既に全住民の行動が分かっているわけですから、予め必要な属性を与えておくことで、例えば、「30代で共働き、6歳以下の子供を保育園に預けている女性の出向率は○○%」といった具合に自由自在に集計する事が出来ます。また「(先の女性の)3年後の消費単価は□□円」といった将来予測を行うこともできます。
マイクロシミュレーションでは、ミクロデータを作成することが不可欠ですが、このミクロデータに関する内容が本稿のテーマです。
空間的ミクロデータは、複数の統計データ(センサスデータ)やリサーチ調査結果の組み合わせによって作成されます。国勢調査では町丁字別に年齢別の人口や人員別世帯数を把握することが可能です。
ただし、例えば「40代の男性で且つ4人家族の世帯主の数」といった事柄は既存のデータから読み取ることはできません。ミクロデータを再集計することで可能になります。
ミクロデータの作成法として有力な方法が2つあります。synthetic reconstruction(合成再構成)と combinatorial optimization(組み合わせ最適化)というものです。
前者は古くからよく用いられてきた方法で、既存の複数のセンサスを組み合わせた多重クロス表が利用する方法です。(例えば、国勢調査の諸表から、性別×世帯主年齢×婚姻状態×就業状態といった4重クロス表を用います。)
後者は近年、研究が進められてきた方法で、あらかじめアンケート調査などにより、ミクロデータの作成対象の多様性を再現するのに充分なサンプルが得られる場合に用いられます。
得られたサンプルをランダムに小地域毎に当てはめていき、様々な制約条件(例えば、既に小地域別に既知の総世帯数や総人口、年齢別人口や総失業率といった情報)を満たすように最適化を繰り返す手続きです。
欧米諸国では、統計の匿名標本データ(Samples of Anonymised Records)が利用できる場合があり、こうした研究が進んでいましたが、今後わが国でも新統計法の施行のもとに、センサス利用の新しい時代が到来するものと期待されます。また、民間調査会社におけるパネルデータの高度な利用法としてミクロデータの作成とマイクロシミュレーションの事例も今後増えてくるものと思われます。
消費市場における様々な潮流や流行は、その背景に幾つかの特徴的なライフスタイルを持つ消費者セグメント(グループ)による消費パターンの組み合わせによって説明されます。
たとえば、現在飲食業界の多くの企業は、メニューの切り替えを行い、価格帯を下げ客数の伸長を目論んでいますが、その背景となる外食離れの要因としては、給与所得者とりわけ若年者の低所得化による内食化(「弁当男子」)や接待費の削減による法人需要の激減や一般家庭の余暇費用の見直しなど、複数の消費グループが関係しています。つまり十把一絡げに「単価下げ」=「客数アップ」の処方箋で対応するには限界があるということです。
本来、価格設定のような根本的な経営政策は自社のポジションニングとターゲット顧客の見極め(その前に顧客像の捉えなおし)に立ち返って慎重に判断しなくてはならないものです。
全ての顧客は価格の切り下げを歓迎しているのか?いつまで低価格を続ければよいか?中長期的なブランド力の面からはどうなるのか?すべての店舗(立地)で同じような効果があるのか?という経営上の問いに対して、有力企業では、消費者動向を把握するためのリサーチを行い、急変する市場環境に対応しようという動きが目立ってきました。消費の変化の兆しを捉えるためには必要な取り組みですが、エリア別対応や店舗別戦術の最適化を判断するためには、リサーチだけではまだ情報量が不足しています。
空間的ミクロデータは、エリアの居住者属性のみならず、既存の他のリサーチデータを補い、組み合わせて使用することによって、商業環境や来街者特性を推定することすら可能となり、経営上の戦略意思決定の様々な場面で利用することができるのです。
空間的ミクロデータを合成する際に最も重要なのは、利用する企業の経営戦略・マーケティング戦略との整合性です。つまり、どのようなマーケティング仮説に基づいてそのデータが必要とされているかということです。
人の体温を計測する道具として、通常の体温計と婦人用の基礎体温計の2種類があるように、使用用途と目的に応じたデータ作成とその使用法が必要となります。
例えば「小地域における家計の野菜消費量」を推計するにしても、メーカーと流通、中食と外食とでは、推計値の使用用途と目的が異なるために、異なった仮説に基づいて推計を始めることになります。
野菜の消費量のエリア別将来推計を行うとしても、「若者の野菜離れ」をテーマにしたメーカーによる新製品開発であれば、世代別・コーホート別の消費量の違いに着目した考え方によってミクロデータを作成することになるでしょうし、コンビニエンスストアの生鮮販売の強化が目的であれば、もう少し大づかみでも安定した推定法が採用されることでしょう。
また、使用用途の違いによって、求められる精度も異なります(精緻な予算化が求められる部署で使用するデータならば、データの作成のために多くの追加リサーチが必要になります)。
マーケティング仮説の設定の仕方について、まず初めに確認したいのは、これまでの話と矛盾するようですが、「年齢や性別といったデモグラフィック変数が直接、消費行動に影響しているわけではない」ということです。つまり、デモグラフィック変数だけでは消費行動を読み取るのは難しいという意味です。当たり前ですが、同じ年齢で同じ性別の消費者が全て同じ消費行動をするわけではありません。
ただし、そこからある程度のパターンを読み取ることはできるので、それを手がかりにマーケティング仮説の設定を進めていくことができます。同じような消費行動を選択する、ある特定のライフスタイルグループは、ある程度似通ったデモグラフィック属性を持っています。デモグラフィック変数は直接、消費行動に影響しているわけではありませんが、間接的に作用していることは間違いありません。
【デモグラフィック変数】→【ライフスタイル】→【消費者行動】
従って、デモグラフィック変数の中から、その消費行動を説明するのに最も適切な項目を慎重に選び出すというプロセスが重要になってきます。データ解析の世界ではディシジョンツリー(決定木)等の探索的な分析手法を用いたデータマイニングと現場担当者とのディスカションを組み合わせて、適切な変数を選び出していきます。
企業内データが全くない場合、例えば回転すし店の例では、自社のヘビーユーザーは果たしてどのような属性を持つかという探索を進めていきます。
来店客を観察すれば、特定の年齢層や家族人数がイメージできるし、もう少し詳細に見ていけば、週末の過ごし方など一定のライフスタイルパターンが想像できます。そうした属性は、住宅環境や保有する乗用車の車種など、既存のセンサスやそれに準じた地理統計情報からかなりのところまで取得することができます。こうして選ばれた変数をもとに自社のヘビーユーザーのイメージを仮定します。特定の年齢層(世帯主年齢が30代から50代)と世帯人員(3人から5人)、その他に特定の年収や特定の住宅環境についてもイメージを絞り込めます。(これらは従来、暗黙のうちに了解されていた顧客イメージとそれほどかけ離れたものではないでしょう)
このように戦略的な顧客イメージを明示化する中で、ミクロデータの作成のために必要となるデモグラフィック変数が浮かび上がってきます。ここまでくれば、自社の「ヘビーユーザー仮説」に基づいた潜在顧客数の小地域推計は難しくありません。
このような仮説に基づいたマーケティング戦略の成否は、今や顧客ID付きポイントカードや予約会員データから素早く実証することが可能です。店舗での実際の集客パターンが計画通りに進捗しているかどうか、随時確認することが可能です。価格帯の改訂が来店頻度の改善にどの程度貢献しているか、顧客単価の変化はどうかという点について、顧客セグメント別・エリア別に数値を示して検証することができます。その上で計画との不一致があった場合には、すぐさま仮説の再検討や見直しを行い、場合によっては仮説の再設定が必要になることでしょう。
新業態の実験店やテストマーケティングを行う際に、しばしばエリアによって異なった顧客の反応が見られることがあります。なぜ特定の店舗だけ業績が好調(不振)なのか?見えない違いはどこにあるのか? こうした場合の解釈や新たな戦略仮説の立案にもミクロデータは役に立ちます。
前節で述べた通り、どのデモグラフィック変数に注目すべきかというのは、業種や業態、その使用用途によって異なってきます。最も広く使われているのは、年齢と性別による基準です。広告業界で使われるF1層、F2層という用語は、一般的かもしれません。
年齢×性別の組み合わせならば、従来の国勢調査でも町丁字レベルまで完全な小地域データが公表されていますので、これを利用することができます。更に【未婚/既婚】、【親と同居/単身】、【末子が乳児/末子が幼児以上】といった生活シーンに結びついた様々な属性情報を組み合わせることによって、たとえば、「30代パラサイト女性セグメント」や「ベビーカー子育て専業主婦セグメント」といったマーケティングに有用なミクロデータを作成することができます。
ファイン・アナリシスLLC
代表 鈴木 英之
Zengyi Huang and Paul Williamson (2001)
‘ A COMPARISON OF SYNTHETIC RECONSTRUCTION AND COMBINATORIAL OPTIMISATION APPROACHES TO THE CREATION OF SMALL-AREA MICRODATA ’
稲垣誠一(2007)『日本の将来社会・人口分析』
中谷友樹、花岡和聖(2004)「空間的マイクロシミュレーションを用いた小売モデリング」
御船美智子(2007)『家計研究へのアプローチ』
石橋喜美子(2006)『家計における食料消費構造の解明』
技研商事インターナショナル株式会社は、マーケティングの現場ですぐに使用可能なミクロデータとして、「マイクロ合成データ(商品名)」を提供しています。全国全ての地域について町丁字レベルで、年齢別婚姻関係別人口を推計したデータです。既存の統計資料から窺えなかった詳細な地域特性を読み取ることを可能にします。
既存のリサーチデータや企業内データと組み合わせて使用することで新たなデータを合成することも可能です。技研商事インターナショナル株式会社は、このミクロデータの実用例として、株式会社日経リサーチの保有する消費者アンケートデータとの組み合わせで「消費トレンドDB[日経リサーチ版]」という推定データも同時に提供しています。
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